2010年09月20日

山谷えり子嬢その2

神社新報2010年9月13日版の山谷えり子嬢の論説から引用です。相変わらず「日本海対計画が着々と進行」しているそうですが、韓国併合100年に関する管首相の謝罪談話に関して
平成7年村山富市首相の「韓国併合条約は当時の国際関係等の歴史的事情の中で法的有効に締結され、実施されたものであると認識している」という発言を現政府はどう評価・解釈してゐるのか

を、問うたそうだが、しかし平成7年=1995年の10月5日の国会で村山首相は「植民地支配のもと、対等・平等の立場で結ばれた条約ではなかった」同月17日には「当時の状況から考えてみて、対等平等の立場で結ばれた条約とは考えておりません」と述べてるようなんですけどね。おかしいな・・・もうちょっと調べないと。少なくともいわゆる村山談話にはそんな話はまったくないし、談話の趣旨からもそんなことを言うはずもない。いや、でもね、国会議員や新聖なる神職関係者がそんなウソを言うはずがないもんね。

最近の神社新報は、来月が「教育勅語 渙発120周年」だそうで教育勅語に関する話題が誌面に目立つんですが、教育勅語の親孝行しようとか、兄弟夫婦は合い睦まじく・・・といった価値観は世界共通のものであり日本が古来から守ってきたものだと神社新報氏は強調してやまない。しかしこの勅語を臣民に授けた明治天皇自身は側室を何人も囲い(大正天皇は側室の子)、歴代天皇は夫婦合い睦まじくどころか側室を持つのが「古来からの伝統」で、天皇家は親兄弟で権力争いや殺し合いもしたことになっている。また夫婦別姓は日本の家族愛を崩壊させると考えておるようですが、古来より日本の伝統では夫婦別姓だと思いますが。世界共通でもないし。
ラベル:神社 山谷えり子
posted by cudans at 15:28| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社新報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月24日

山谷えり子と反日ネットワーク

神社新報の7月5日号。今度の参議院選挙で再選された山谷えり子の論説が面白ひ。それによると菅内閣は
「・・・反日ネットワークから支援を受けたまま日本解体計画を着々と続行していくのかと不安をかんじてゐる。・・・」

ホントに国会議員ですかこの人は?!いやほんと、ちなみにこの人は漢字のことを「中国の文字」と言うらしい。

菅内閣が「個人を大切に」「地域主権、市民が主役」と訴えていることに対し(本当にそう訴えたかどうかは僕は知らないが)、
「個人と地域優先主義政策をとり続ければ、国家観は失われ、人々は"政府は何をしてゐる!" と叫び、社会全体に攻撃的な空気あるいは無気力や利己主義が広まっていくであらう。」

そうですが、自民党政権はたぶん"政府は何をしてゐる!" と叫ばれて崩壊したんだと僕は思ふ。

とにかくあいかわらず大変面白する記事であふれていますが、いや、面白ひというのはムーか神社新報かという意味でですが・・・飛鳥昭雄さんの本も最近はあまり読まなくなつたんですけど、中国の文字と南蛮記号を駆使した21世紀風歴史的仮名遣ゐで書かれた神社新報はイケます。
posted by cudans at 22:13| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社新報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月25日

神社は民主党政権を悪夢といふ

(神道政治連盟の)宮崎会長が「民主党政権にこの国の進路を委ねてゐる悪夢を払拭するためには我々は相当の覚悟をしなければならない」と述べ、神政連が推薦する山谷えり子参議院議員の参議院選挙への協力を呼びかけた。
安倍晋三神政連国会議員懇談会会長は菅直人新政権に「史上稀に見る陰湿な左翼政権」との危機感を表し・・・・・

これは神社本庁の機関誌「神社新報」6月21日の記事からの引用です。全国の神社を束ねている神社本庁が新聞を出していること、ご存知ですか?上記の記事にも表れているように、"歴史的仮名遣ひ"を駆使して誌面はとにかくホントに21世紀の新聞なのかと思わせるトンデモ新聞です。天皇陛下万歳!

神社というと、日本の代表的な古くからの伝統と思われている。しかし実質的には今の神社の形というのは明治以降に作られた新興宗教とも言えると思います。本来の神社の伝統というのは、皇室神道と民間神道とは別で、全国の多くの村の神社ではそれぞれの地元の氏神を祭り、天皇家とは無関係だった。八百万の神とはそういう意味で、森喜朗が言う「天皇を中心とする神の国」となったのは明治以降の話。神職は世襲、村の小さい神社では神職は置かず、祭りの時だけ氏子が交代で神主を務めた。寺の僧侶が兼任する例もあった。それが明治元年の神仏分離令以降に始まる政府の神道政策により全国の神社と寺の"整理"が始まり、神職は神祇官制度のもと官職となり、伊勢神宮の天照大神を最高神とする今で言う所の「国家神道」として生まれ変わる。そして古事記日本書紀の記述にもとづきその天照大神の子孫である天皇が全神道の最高の司祭者として位置づけられます。その過程で、一村一社政策のもと廃社となる神社や祭神を皇室由来の祭神に変える神社なども。

祭神変更の代表的なのがスサノオノミコトで、もともとは中国系の神である牛頭天王だった神社があります。京都の八坂神社がその代表で明治維新までは「祇園社」「祇園さん」などと呼ばれていました。祇園とは釈迦が説法をした祇園精舎のことで牛頭天王はその守り神です。

うちの近所にも素盞雄神社というのがあります。そしてこの近くにもう1つ熊野神社という神社があります。千住大橋のたもとにあり、来歴もはっきりしていて平安時代までさかのぼれます。ところが地図にはのっているのになぜかなかなかも見つからない。一方の素盞雄神社は同じく平安時代から1200年と看板をかかげていてけっこう大きい神社の割には今ひとつ来歴がはっきりしない。しかも明治の頃までの古い地図を見てもこの地域には神社は1つしかない。地元の人に聞いても熊野神社の方が由緒ある神社として愛着のある人もいる。ひょっとしたら明治の後半くらいまでこの素盞雄神社は存在しなかったのではないか。そしてある時僕が住んでいた家のお隣さんが建て替のために家を取り壊した時にその裏の茂みの中に出てきました!小さなお社が!!なんとこれが"由緒ある"はずの熊野神社そのもので現在は立ち入り禁止になっています。そして素盞雄神社では浅草三社祭の時に天王祭という祭りが行われますが、祭神はスサノオノミコトです。しかし天王とはもちろん牛頭天王を指します。にもかかわらず祭りでスサノオノミコトを祀っているのはどういうことか。京都の祇園祭の神輿は今でも牛頭天王です。

1868年=明治元年の3月、明治政府の神祇官事務局は次のような神仏分離に関する通達を出している。
「一、中古以来、某権現或は牛頭天王の類、其外仏語を以神号に相称え候神社少なからず候、何れも其の神社之由緒委細に書付、早々早可申出給候事・・・・・・」
つまり本地垂迹説による神仏習合で仏教の神を祀るのはけしからんから日本の神様にもどせ、みたいなことをいっているわけで、おそらく南千住でも厄除神でもある牛頭天王信仰があったのだが、廃仏毀釈の影響でスサノオにすげ替えられ熊野神社も素盞雄神社に取って代わられた、しかしさすがに熊野神社をつぶすのにはしのびないのでいちおうひっそりと残された・・・・というのは僕の推測です。牛頭天王=スサノオノミコトの話に関してはまたべつの機会に。

それにしても、全国の神社が上記の記事のように神社本庁や神道政治連盟と同じ考えとは限りません。でも少なくともこんなトンデモ連中を参拝して賽銭をくれてやる気にはとてもなれない。菅総理や社民党の人も、靖国神社には参拝しなくても神社本庁の総本山伊勢神宮には正月に参拝しているはずです。選挙で神社に必勝祈願をしにいってる候補者もいる事でしょう。しかしその神社の神主の中には「悪魔の手先め、落ちてしまへ!」などと考えているやからもいるかもしれません。公明党が創価学会の宗教政党なら、自民党は神道の宗教政党です。

ところで神社新報というのは同社のWebサイトで「歴史的仮名使ひ」にこだわり戦後アメリカのせいで日本の"伝統的な"国語が壊滅状態にあるみたいなことを言ってるわりには、本来の日本語表記にはない()や・"< > など南蛮由来の記号をずいぶん駆使している興味深い新聞です。小さい「っ」も本来は使わない。夏目漱石とか昔の本と比べて読むとこの新聞の"歴史的仮名使ひ"はかなり適当なことがよくわかります。そもそもそんなに"伝統"にうるさいなら、神道の"聖典"古事記日本書紀にならつてひらがなカタカナも使ふなよ。
ラベル:国家神道 神社
posted by cudans at 16:24| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 神社新報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
Copyright©清水一狼 IchiroShimizu アトリエキュダン ATELIERcudan
All rights reserved